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ナルニア国物語 第2章 カスピアン王子の角笛

[ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛]
第一作目のときは、動物大戦争!みたいな観た目のノリの良さとインパクトが面白く、さほど気にならなかったですが、
本作ではそれに見慣れてしまったせいか、またはストーリー展開上、かなり似たシチュエーションが出てくる為か、「ロード・オブ・ザ・リング」のイメージとすごくかぶってしまっている印象。

序盤はともかく、闘いが佳境に入る終盤では特に。
まあファンタジーというジャンルで、ある程度細かいエピソードやシチュエーションが似てくることについて、いちいち突っ込んでもしょうがないですが。

人間の残忍さが際立つ

姿形のディフォルメはほとんどないのに、人間のように振る舞い、喋りまくる動物達の映像のリアルさ、美しさは本作でも健在。
今回の舞台は前作から1000年以上も経過しているという設定ですので、キャラクター達も世代交代。新たなマスコット的キャラとして新登場の動物もいて、ファミリー向けらしく楽しげに画面を盛り上げます。扮装やアクションがここまで動物離れして人間ぽくなると、シュレックのようなCGアニメっぽいですが・・・

しかし、前作もそうでしたが、このファンタジックな世界において、結局のところ人間による暴力がもっともリアルかつ残酷に描かれているところが、深いといえば深い、ファミリー向けにしてはどうなの!?というところ。
しかもその暴力を一番行使しているのが主人公の子供達ですからね・・・
理由も良よくわからないまま武器と力を与えられて、その行使に悦に入る・・・一見深いようで実は身もフタもない物語。別に反戦的なメッセージやテーマ性もないですし。
ある日突然、おまえは王様だ!暴力OKよ!って言われればそりゃ嬉しいでしょう、たとえ期間限定でも。

結局、テーマの深さ、世界観の厚み等すべてにおいて、「ロード~」には遠く及ばない、子供が夢見る妄想の域を出ない(もともと児童文学なので当たり前!?)。
だから、登場人物の誰に対しても今一つ共感しにくい。

戦闘シーンでは、半獣半人の見た目楽しげなクリーチャー達が消耗品としてバッタバッタ死にますし。
王様である4兄弟のお兄さんが、闘いを通じて成長するのは分かりますけども、その為にどんだけ犠牲者出してんねん!と。

結局、最強キャラが何となく登場して万事解決、という、水戸黄門もびっくりのあっさりしすぎの展開にも全然ついていけない。そのもったいのつけ方は何!?最初からさっさと出て来いや!って。


前作でもイマイチぴんとこなかったところですが、そもそも何でナルニア国がそこまであの子供4人にいちいち頼るのか!?本作ではさらに、まったく分かりません。
ナルニアの問題を自分らで解決するどころか、思いっきり他力本願なアイテムをサブタイトルにまでしてしまっている。

しかも、困ったときだけ強制的に呼び出しといて、問題が解決して用が済んだら、厳かな雰囲気醸し出して「元の世界に帰るときがきた・・・」って、とっとと追い返すって、7人の侍の農民達よりタチ悪い!

美麗な映像&王子

はっきり言って、シナリオ的にはまったく見所はないです。突っ込みようもないような、単純で浅すぎるしょうもない話。

見所はやはり、丹念に作り込まれた映像美。クリーチャーや魔法がからむ戦闘シーンの迫力と美しさは秀逸。
どっかで観たな~っていうシーンも多い分、ひと味違った魅せ方に細かい工夫がされています。

今回、物語上もプロモーションでも前面に出されているカスピアン王子、さわやかさとワイルドさをあわせ持ったかなりのイケメン。この人は人気出るんじゃあないでしょうか。
その分、前作から続投の主役の4人の華のなさが余計に強調されているような・・・。
特に女性2人は、前より年とったのと、映画に出ていいモノ食べ過ぎたのか、ちょっと太った!?なんか前よりブサイクになった気が・・・
なので、ラストのワンシーンも今一つ、いろんな意味で釣りあってなくて、あまりときめきがありません。
長男も、敵役がヒゲヅラマッチョの強面なだけに、もともと線が細いタイプだったのが余計誇張され、かなり頼りない印象で、せっかくの終盤の見せ場もなんだかリアリティに欠けてしまいます。
むしろ弟君の方が、もともと悪ガキっぽかった顔立ちに精悍さが加わり、前作からの因縁もからんだ見せ場もあって、脇の主役としてかなりいい味を出しています。

ギャラで揉めるとかメンバー同士デキて別れるとかしない限り、このシリーズはこのメンバーでいくのでしょうけども、うまく年とって、素敵な俳優さんでいつづけて欲しいですね。




テーマ : 映画感想 - ジャンル : 映画

ジャンパー

みんなの憧れ超能力

超能力の中ではわりとオーソドックスな(!?)、瞬間移動能力を持った主人公「ジャンパー」達と、何故か彼らを執拗に追う謎の組織との壮絶な闘いを描いたアクション。

X-MENといい、HEROESといい、超能力をテーマにした映画やドラマは数多く、ヒットも多数。やはり、誰もが憧れる分かりやすい普遍的なテーマだからでしょうか。
もっとも本作の場合は、アメリカ公開時の興行成績も批評家受けも惨憺たるもので、続編制作もヘイデンの役者生命も終わりか!?と思われたところ、日本をはじめとするアジアでのウケがすこぶる良くて、なんだかんだでペイしてしまった為、めでたく続編制作が決まった、とのことで、
やはりこれからは、映画に限らずですけども、世界市場を意識したビジネスが必須ですね。まさに「シンク グローバル」!by島社長

百花繚乱状態といっていいほどこれだけ超能力モノが作られると、当然いろんな作品で似たような能力がかぶって出てくることは頻繁にあり、映像化にあたっては、能力をどのように特徴付けて表現するかもポイントになってくるわけですが、
本作はそういう意味ではかなりいい線いってます。
”瞬間移動”を、単に本人がぱっと違う場所へ転移する、という形でなく、
空間を歪めてトンネルのようなものを作り出すことをその能力の本質としているところがミソ。
これにより、映画序盤から、自分の周囲の水ごとジャンプしてしまい図書館を水浸しにしてしまうなど、ひと味違った見せ場を演出。
この設定は、単なる表現手法上のものにとどまらず、終盤にいくほどけっこうシナリオ上も重要な意味をもつことになり、主人公達を追う謎の組織との闘いをよりエキサイティングに盛り上げます。

能力者VS一般人 永遠の闘い

主人公達を執拗に追いまくるこの組織、普段いったい何して収益あげてるものか、観たところ設備投資もすごく、007並のハイテクアイテムを駆使してジャンパー達を追い込みます。
ジャンパー達の能力やその肉体的特徴は彼らによって概ね解明されており、ジャンプ能力を無効化する道具なんかも開発されている。つまりジャンパーは歴史上、世界中に何百、何千人とおり、長いこと闘いが繰り広げられてきたということのようです。
となると普通に思うのが、追う側にこんなにちゃんとした組織があって、追われるジャンパー側には何で無いのか!?
ジャンパーだって世界中にある程度の人数いるのですから、団結しそうなもんですけども・・・そして身を守ることに徹するか、世界征服をもくろんで全面戦争に突入するか。
あるいは自分達の存在をきっちり世間にアピールした上で、住み分けるか。
本作のヘイデンのようにある日突然能力に目覚めて好き勝手なことし始める前に、ふくろう便が届いて、ジャンパー達を教育する専門学校へみんな入学するとか・・・。

そういうのがまったくなく、個別に逃げ回ってるだけっていうのは、よく考えたら理屈に合わない気もします。
実際本作でも、少人数ながら出会ったジャンパー同士協力して戦おう、っていう展開になってますし、複数同士の闘いなら自然とそうなっていくのではないかと。
歴史上のジャンパーの中には、高い社会的地位に上り詰める人もいて、そういう人が組織的な指導力を発揮していてもおかしくなさそうです。

続編とくれば複数型!?

本作の続編がほんとにあるとしたら、まさにそういう方向へ展開していくんじゃあないでしょうか。
続編では何かと複数型になるっていうのが最近の流行ですし・・・
実はジャンパー達にも伝説の指導者がいて、そいつが率いるジャンパーの地下組織があり、ついに人類VSジャンパーの全面戦争が・・・とか。

またはへイデンが中心になってそういう組織を興していって、敵対する組織の人間を次々に撃退するも、最後はかつての仲間で最強のジャンパーと火山で一騎打ちになり、瀕死の重傷を負わされ、サイボーグとなって蘇るという・・・
しかし本作でもそうでしたが、ジャンパーのこの能力って、コソ泥と海外旅行には最適なんですけど、戦闘向きじゃあないんですよね・・・逃げ足は圧倒的に速い、というか戦法はほとんどそれだけっていうね。




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ブラックサイト

ロンドンハーツの名物コーナーみたいなタイトルですけども、バラエティ番組とは対極的な、インターネットを悪用した凶悪犯罪を描いたサスペンス。

予告やCMなどではかなり面白そうなハイテク・サスペンスという印象でしたし、
インターネットはますます私たちの生活に密着した存在になってきている今、
それを悪用する形で何が起きても不思議じゃあないという世情にもマッチして、
非常に楽しみな映画だったんですけども、、、かなり残念な出来に、、、

現実にあり得そうであり得ない犯罪!?

犯罪の仕掛けそのものは良くできていて、インターネットの技術的な部分も十分踏まえたシナリオになっています。
細かいあら探しすればいくらでも突っ込みどころはありそうですけども・・・
インターネットを使った犯罪って最近すごく増えていますが、
オンライン詐欺のような、もともとネット上にあるシステムを悪用してちょろまかすタイプは別にして、
暴行・殺人などの直接的な暴力犯罪での使われ方としては今のところ、
非常にアナログといいますか、悪人同士が落ち合ったり情報交換しあったりする程度で、
本作のようにネットの仕組みを暴力行使に応用したものっていうのはまだないですね。

これは単に、現実のネット社会がまだ発展途上だからで、
より技術やインフラが発展すれば近い将来、実際に起こり得るものなのか?
それとも、直接的な暴力と、ネットというデジタルアイテムは基本的に相容れないものなので、
現実には本作のような犯罪は将来も発生しえないのか?
どちらかといえば、たぶん後者ではないでしょうか。

別に楽観視するわけじゃなく、実際に、
本作のような犯罪の実行は極めてハードルが高いと思われるからで、
本作の犯人がやっていることは、99%くらいは直接的な暴力の行使や、道具や仕掛けに関わる超アナログな作業。ネットの仕掛けそのものが犯罪全体の中で占める割合が圧倒的に少ない。
もちろん、それが最後の仕上げであり、犯人としては最重要パートなのは間違いないのですが、その為の準備に要するアナログな作業があまりにも多すぎる。

こんな犯罪を実行可能な犯人像は、
1..他人に暴力を行使できる身体能力を持ち、
2..ピタゴラスイッチ並の精巧なからくり仕掛けを作れる手先の器用さがあり、
3.ネット上で出来ないことはないくらい超高度な知識と技術力があり、
4.それらを総動員して犯罪を計画できる”悪の創造力”もあって、
5.さらにそれを実行できる度胸と行動力を持つ
まさに悪の超人!完全無欠の悪の化身とでもいうべき人間です。

ここまで相反するスキルを全部持ち合わせた、ファイナルファンタジーやドラクエでジョブチェンジしまくったような人間が果たして実在するでしょうか?まずありえないと思います。
もし天文学的確率で存在したとしても、ここまで完全無欠な、何のコンプレックスもなさそうな人なら、そもそも犯罪者にはならないんじゃないかと、、、

本作の犯人はというと、やはりこのような犯人像とはほど遠い、ただの秀才エリート。こんなやつにここまでの犯罪はまず無理だろな、とどうしても違和感を持ってしまいます。

結局解決策は・・・

本作のシナリオ展開で途中「おっ」と思わせるのは、中盤のわりと早い段階で真犯人の正体を明らかにしてしまうこと。
観客に明かすだけでなく、劇中の捜査陣も犯人を一応割り出すことに成功します。
つまり「犯人は誰だ?」的なベタな展開ではなく、それを越える、何か本作ならではの意外な展開、ネットにはネットをということで、ネットを駆使した奇想天外な解決方法が用意されているのか!?という期待を大いに抱かせるわけなんですが・・・

これがまったくの期待外れに。
ラストなんか、たぶんかっこよくキメてるんでしょうけど
「笑うところなのか!?」と思ってしまう、ひどい展開です。

最後は人間自身のアナログな力が勝つ!とでもいいたかったのかもしれませんが、しかしこのオチでは、そのメッセージにもなっていない(単にダイアン・レインが強いだけ)し、
完璧な計画で世界中に恐怖を与えた超知能犯、という犯人像も壊れてしまっています。こんなマヌケな犯人が、よく今までこの犯罪をうまく出来てたもんだ、と。

設定上、ネットでの犯人の仕掛けを完璧にしすぎたせいで、捜査する側はどうやっても犯人追跡は不可能になってしまい、結局ちょっとしたヒューマンエラーがきっかけで事態が変わる、という展開にせざるを得なかったのでしょうけども、それにしても最後だけ凡ミス多すぎですこの犯人。
逆にいえば、本質的にはこの犯人は勝っていたというか、捜査陣は文字通り手も足もでなかったわけですが。

完全犯罪というのはありえず、どうしてもどこかでほころびが出てくるものだ、という意味ではリアルな物語だと言えなくもないですが・・・




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クローバーフィールド/HAKAISHA

仕掛けは超一流

早い段階から予告編やWeb等で情報を思わせぶりに小出しにして興味をそそらせ、
公開日まで引っ張りに引っ張って、観てのお楽しみ~サプライズ!っていう手法。一時のM・ナイト・シャマラン監督を彷彿とさせます。
メディア多様化時代に合わせてますます巧みで多様になるこのマーケティング手法、制作サイドと広報サイドが早くから一丸となって作戦を練らないと出来ない高度な戦略ですから、それが実現できているのは関係スタッフの優秀さ、結束力の強さの証明。
しかし一方それは、自分で自分の映画のハードルをあげまくることに他ならない為、諸刃の剣でもあります。
その剣で自分がザックザク切られまくって、最近ちょっとご無沙汰気味になりつつあるインド人の例をみるまでもなく・・・
もっともシャマラン監督の場合は、映画そのものは非常に低予算で取るスタイルなので、評判はともかく採算はきちんととれてるんだそう。さすがはインド式暗算術!?

ところで本作の場合は、「特撮ブレアウィッチ・プロジェクト」とでもいうような、一見低予算っぽい作りにしているのですが、実はそれなりにきっちり予算をかけた上で”あえてそういう演出をする”手法であって、そこはシャマラン監督とはベクトルが似て非なるものです。
アメリカでは公開時にも大きな話題となり大ヒット、その後そんなに間を空けずにDVDがリリースされこれも記録的ヒットとなったそうですから、作戦は見事にハマり、文句無しの結果が出ているようですが・・・

正直、本作に、事前に期待したほどのサプライズが何かあるかというと、無いです。
シナリオ的には極めて単純な話。それこそ、昔は日本でもシリーズ化していっぱい撮ってたのと同じ。
それをあえてこういう演出で見せる、その目の付けどころの良さには感心するものの、奇想天外などんでん返しとか、手に汗握る緊迫のシナリオ展開とかは一切無し。

観終わってみると逆に、よくこれを、あんだけハードル上げまくってプロモーションする気になったなあと、制作陣のクソ度胸に感心してしまうほど。
今アメリカのTV界でも映画界でもヒットとばしまくってノリノリのエイブラムス監督ブランドだからこそできたビジネスなのでしょうけども。

観た目とは裏腹に緻密な作り
この映画は観た目とは裏腹に非常にきめ細かく、丁寧に作られているであろうことが観てとれます。
全編ハンディカメラによるドキュメンタリー風映像で、しかもそのほとんどが、カメラを持った主人公達が逃げ回って走り回っているシーンなのに、意外とそれほど観ていて気持ち悪くはならない。
額面通りに、カメラ持って走って撮っただけの映像をただ編集しただけでは、おそらくこうはいかないでしょう。
全編にわたって、演出上の観た目のラフさ加減と、映像によって受ける生理的な反応とのバランス調整を、デジタル技術も最大限駆使して慎重に行ってるんじゃないかと。

”HAKAISHA”の撮し方がまた絶妙です。
かなり早い段階で、なんとなく正体が推測できる程度にはチラ見せしておいて、あとはほとんど見せず、基本はあくまでカメラを持った登場人物視点のみ。
でも最後にはその全貌を大写しで見せる(為のシチュエーションを用意している)など、シナリオ的にも見せ場を緻密に計算して配分、職人技的なきめ細やかさが効いています。

何も語らない、解決しない
シナリオのあちこちに、謎というほどでもないですが細かいエピソードを未解決のまま残していくのも、シリーズ化を見据えた戦術の一環なのでしょう。
HAKAISHAは何者で、どこから、どうやって来たのか、
小さいのと大きいのはどういう違いがあるのか、
病気になったっぽい人は何でああなってどうなったのか、とか・・・
特にHAKAISHAの正体については、見事なくらい何一つ描かないまま終わっていますので、そういう引っ張られ方に我慢できない人にはとてもお勧めできないです。
もっともエイブラムス監督のファンのほとんどは、謎を引っ張り回されることにかけてはLOSTで散々鍛えられてますから・・・でも映画の場合は、次作があったとしても1シーズンどころか何年も待たされるわけですしね・・・やはりきついですね。

観客にはすべてが分かるように解説しながら、いかにそう見せずにシナリオを展開するか、また展開させたシナリオをラストにむけてどのように収束させていくか、に腐心するのが通常の映画の基本ですけども、あえて「何も解説しない」「何も収束させない」という選択をし、いい意味で見事な開き直りをみせています。過去にも同様の作品はあったでしょうけども、どメジャーなタイトルであえてそれをやってしまうアイデアと実行力が秀逸。




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ランボー 最後の戦場

何故そこにいる!?

4作目のランボーは、なんでまたミャンマーなんて物騒なとこに住んでるんでしょうか。おかしくないですか?
ベトナムでひどい目にあって、
1作目で母国アメリカでひどい目にあって、
2作目でその両方でまたひどい目にあって、
3作目でアルカイダでひどい目にあってと
とことんアメリカという国と戦争に身も心も痛めつけられてきた彼が、
軍事政権下で民衆が圧政を強いられているって分かりきっているミャンマーに、なんで滞在してんのか?
確かに、彼ほどのモノスゴイ経歴を持った元軍人には、そういう政情不安定な国に紛れ込むしか他になかったのかもしれないですが。

スタローン御大は、3作目が不満だったのもあって4作目を作りたかったそう。
自分の大ヒットキャラが最後に手を貸したのがアルカイダのままでは終わるのは、アメリカン・ヒーロー=スタローンとしては何とも気まずかったんでしょうか。最近DVDで観たファンから何か言われることもあったのかも・・・
だから今度こそ、バトルに手を貸しても誰からも文句言われない戦場、ランボーが絶対的に正義の味方という存在でいられる戦場はどこか!?っていう基準で戦場を選定したのでしょう。

世界には、ランボーに一暴れしに来て欲しいと願ってそうな場所は他にもいくらでもありますし。
隣の国の将軍の首とってきてくれ!とか。
しかしランボーは、いつから世界を股に掛ける世直し傭兵になったのか?
そもそも、シリーズ1作目からあった裏テーマとしては、アメリカが自分でまいた戦禍の種が、あちこちで様々な不幸をよんでいるという現実に焦点をあてる、というのものだったはず。それは3作目でさえ同様でした。
しかしその3作目の負のインパクトにこりて、今度こそ絶対に大義名分が成り立ちそうなとこを選ぶ。
圧政を強いる権力者=悪と決めつけ、虐げられる民衆を救うために戦うんだ!というお題目を振りかざしてよその国にずかずか踏み込む。これぞアメリカの真骨頂!
イラクであんだけ失態をやらかしておいて、やはり何一つ学んでいないようです・・・

まあ、ホントのところは、最近ヒットからも主演作からもとんとご無沙汰だったスタローンが、過去の引き出し引っ張りだしてきてもう一儲け&表舞台への返り咲きを狙った、っていう身もフタもない理由なんでしょうけども・・・
実際に現地で苦しんだり戦ってる人たちにしてみれば、何勝手にダシにしとんねん!ていうかこっちはそんなの関係ねえ!と思うんじゃないですか。

単純すぎるシナリオ、超ベタな展開

かんじんの中身の方もお粗末で、シナリオ的には良い悪いは別にして、シリーズ中最も何のひねりもない単純な話。
だったら最初からやれや!助けたれや!
って突っ込みたくもなります。

アクションシーンも、リアルさにこだわったというだけあってシリーズ初のR指定もうなずける残酷描写が随所に出てきますが、
描写そのものがというより、人の殺され方のシチュエーションが極めて残虐に描かれてるんですよね。
これは観る人に、客観的事実かどうかわからないことを一方的にプロパガンダすることになっており、非常に危険だと思います。
自分たちがやってきたこと(ベトナムとか砂漠の嵐とか)と他国の事情とでは描いていい許容範囲が違う、文化も歴史背景も違うってことがほんとにわからないんですねアメリカ人は・・・

結局、最後は現場でいちばんデカい武器を奪って、好き放題ぶっぱなして勝ち、という黄金パターンを踏襲してますし。まさに戦場の水戸黄門、暴れん坊将軍!

次があるとしたら、今度はどこに住むんでしょうか・・・やはり、将軍様倒しに行ってくれませんかね、どうせなら。




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